或る糖尿病患者
糖尿病はサイレントキラーと呼ばれる。
音を立てない殺し屋とは凶悪犯に違いない。
誤解の無きよう、糖尿病になった方が凶悪犯では無く、凶悪犯に襲われた被害者なのにいつまでも、その後遺症を引きずる理不尽なところだ。
多くの2型糖尿病は自身の食生活の影響が病気を引き起こしているが、それ以外にも原因がある。
「今はもうHbA1cも正常で何の問題もありません」と云っていた50代の男性が居た。
網膜症の手術もされていたが、その時は問題は無かった。
しかし、それから何年か経過してからジワジワと後遺症が現れてきた。
今はほぼ失明同然のようだ。
悪い例えかもしれないが、刑期を終えて娑婆に戻っても前科が消えないのと同じかもしれない。
それは罹患期間が長ければ長いほどに現れやすい。
別の患者さんだが、この方は毎日乳母車を押して歩いていた。
その姿を見て「ホームレスのオジサン」だと思っていた。
しかし、或る日に相談が有って初めて糖尿病の為に歩き続けていたことが分かった。
片目は失明し、脚にも後遺症が残っていて早くは歩けないと云う。
「カロリー制限してるんですか?」と聞くと「1600Kcal を維持しています」
「長いこと糖尿病を患ってますからカロリー計算は得意です」
「それじゃ、1800Kcalまで上げて下さい。特に蛋白質は増やすように」
「えっ、1600Kcalでも悪化しているのに増やして大丈夫なんですか?」
「はい、少なすぎなんです。カロリーよりも蛋白質が足りないんです」
腎を保護する為に八味地黄丸だけ呑んで戴き、食事指導だけしてみた。
それから暫くして「HbA1cが下がりました。」と来店された。
20数年前の、まだ糖質制限なんて言葉が聞こえるよりも遙かに昔のことである。
乳母車には脱水が起きないように水と突然の雨の為に傘と色々な物が入っていたが、歩行器代わりに乳母車が必要だったらしい。
彼の糖尿病はカロリー制限で悪化して行ったのだ。
制限すべきは糖質であって、蛋白や脂質では無い。
蛋白不足ではインスリンも作れないから血糖値も上がるのは当然だろう。
数ヶ月してHbA1cは正常になった。
「20年早くあんたに出会ってれば、俺の目や脚は失わずに済んだだろう」と言われた時には言葉を失った。
真面目に糖尿病と向き合っていたのに、カロリーの概念で悪化の一途を辿っていたのだ。
常連客のAさんは長いお付きあいだが、少なくともその期間に肥満していたことは無い。
中肉中背の普通の体型だったはずだ。
ところが突然にHbA1cが二桁になっていた。
原因はストレスだった。
仕事の関係で大きなストレスを抱えたのが原因だった。
「見てよ、いきなり糖尿病だって言われた。何か薬無いかな」
先ずは薬より食事と運動をしてみて駄目だったら、何か考えますとカロリーは2000Kcal、運動は日に20分の早足を薦めた。
雨の日は休んでも良いけど・・・と1週間でつじつま合わせの方法を伝授。
「こんなに腹一杯食べてて平気なの」とAさんは云うが、バランスの良い食事だから問題は無いはず。
それから毎月HbA1cは1ずつ下がり正常になった。
罹患期間が短かったせいで後遺症も何も無い状態で済んでいる。
Aさんはストレスが原因で糖尿病を発症したが、幸いにも自己免疫で膵臓のインスリンを出す細胞を攻撃するタイプでは無かった。
しかし、自己免疫で起きるタイプもある。
これは一生インスリン注射が欠かせなくなる。
糖尿病と云っても原因は一つでは無い。